1.開設の経緯
忘れられない旅行

2012年5月、私が尼崎医療生協病院の緩和ケア科で勤務している時に忘れることのできない患者様との出会いがありました。この方は末期のがんの方でしたが、病状が進行して、体が衰弱してきたため、入院してこられたのです。入院当日、御家族と治療方針などについて相談しました。
その中でこの患者様も、御家族も毎年恒例だった山梨県へのさくらんぼ狩りを強く望んでおられることがわかりました。入院中の体調はあまり良くなく、座位がとれるのはごく短時間でした。
また食事はほとんど喉を通らないような状態でした。旅行にはかなりの危険が伴うと考えられました。あらためて相談をしましたが、患者様にも御家族にも旅行をしたいという強い御希望がありました。
そこで、色々な状況と症状とを含めて検討し、ご本人様とご家族と十分に話し合った結果、山梨県までの1泊2日の旅行を決行することとなりました。病状が不安定だったため、私も旅行に同行することとなりました。
私にとっても不安を感じる旅行ではありましたが、現地に到着してみると、2時間ぐらい車いすに座ってさくらんぼ狩りができました。また、翌朝のホテルのバイキングの食事もけっこうな量を召し上がることができました。患者様も、御家族の皆様も旅行を楽しみ、良い思い出となったようです。
無事に病院に帰ってくることはできたのですが、やはり、体力の消耗は著しかったようで、結局この2日後に患者様は永眠されました。 御家族には、もちろん悲しみはあったのですが、それ以上に、患者様が自分らしく人生を生き切ることができるようにつくせたという充実感、満足感があるように思われました。私も、旅行に同行した患者様ということで、もっと悲しくなるかなとも思われたのですが、亡くなられた患者様と対面した時、患者様の安らかなお顔を見、また御家族の皆様の納得された雰囲気を感じることができて、意外なほど悲しくなりませんでした。本当に感動的な旅行であり、感動的な患者様の生涯でした。緩和ケアの医師としていい働きができたと感じていました。
ラジオ番組

私は、将来自分が進むべき方向について、常に模索していました。毎週日曜日の朝、「夢旅行〜介護タクシーがかなえます〜」という全国介護タクシー協会の旅行事業部が作っているラジオ番組があり、私はよくこれを聞いていました。介護が必要な人でも介護タクシーに乗っていろいろな旅行を楽しめるということを伝える番組です。2013年5月、この番組を聞いている時に突如ひらめきました。
「去年、さくらんぼ狩りの旅行に同行したように、患者様の旅行に同行すれば、旅行が可能になる方がおられる。そのことを自分の仕事にしてみよう。」
全国介護タクシー協会の社長さんともお会いして、協力しましょうと言っていただきました。
医師が、患者様の旅行に同行するというのはあまり今までに例のない働き方のようです。たとえほとんどの医師がしないことであっても、たとえリスクを伴うことであっても、そのことによって、患者様や、御家族の方々に生きがいや希望や喜びがもたらされるのであれば、私はがんばろうと思います。